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Wikipedia - 南洲翁遺訓
南洲翁遺訓の解説と全文があります。
政府にあって国のまつりことをするということは、天地自然の道を行なうことであるから、たとえわずかであっても私心をさしはさんではならない。
だからどんなことがあっても心を公平に堅く持ち、正しい道を踏み、広く賢明な人を選んで、その職務に忠実にたえることのできる人に政権をとらせることこそ天意すなわち神の心にかなうものである。
だからほんとうに賢明で適任だと認める人がいたら、すぐにでも自分の職をゆずるくらいでなくてはいけない。
従ってどんなに国に功績があっても、その職務に不適任な人を官職を与えてほめるのはよくないことの第一である。
官職というものはその人をよく選んで、授けるべきで、功績のある人には俸給を与えて賞し、これを愛しおくのがよい、と翁が申されるので、それでは尚書(中国の最も古い経典、書経)「仲虺之誥(ちゅうきのこう)」 (殷の湯王の賢相による、官吏を任命する辞令書)の中に「徳の高いものには官位を上げ、功績の多いものには褒賞を厚くする」というのがありますが、徳と官職とを適切に配合し、功績と褒賞とがうまく対応するというのはこの意味でしょうかとたずねたところ、翁はたいへんよろこばれて、まったくその通りだと答えられた。
賢人やたくさんの役人たちをひとつにまとめ、政権が一つの方針にすすみ、国がらが一つの体制にまとまらなければ、たとえりっぱな人を用い、上に対する進言の路を開いてやり、多くの人の考えをとり入れるにしても、どれを取り、どれを捨てるかにつき一定の方針がなく、あらゆる仕事はばらばらでとても成功どころではない。
昨日出された政府の命令が今日は早くも変更になるというようなのも皆、統一するところが一つでなく政治の方針がきまっていないからである。
政治の根本は学問をさかんにして教育を興し、軍備をととのえて国の自衛を強化し、農業を奨励して生活を安定させるという三つにつきる。
その他いろいろの事がらは、みなこの三つのものを助長するための手段である。
この三つのものの中で、時代により、あるいは時のなりゆきによってどれを先にし、どれを後にするかの順序はあろうが、この三つのものをあと回しにして他の政策を先にするというようなことが決してあってはならない。
多くの国民の上に立つ者(施政の任にある者)は、いつも自分の心をつつしみ、身の行いを正しくし、おごりやぜいたくをいましめ、むだをはぶきつつましくすることにつとめ、仕事に励んで人々の手本となり、一般国民がその仕事ぶりや生活を気の毒に思うくらいにならなければ政府の命令は行われにくいものである。
しかしながら今、維新創業の時というのに、家をぜいたくにし、衣服をきらびやかにかざり、きれいな妾をかこい、自分一身の財産を蓄えることばかりをあれこれと思案するならば、維新のほんとうの成果を全うすることはできないであろう。
今となっては戊辰の正義の戦いもひとえに私利私欲をこやす結果となり、国に対し、また戦死者に対して面目ないことだと言ってしきりに涙を流された。
「幾暦辛酸志始堅。丈夫玉砕愧甎全一家遺事人知否。不為児孫買美田。」
ある時「幾たびか辛酸を歴て志始めて堅し。丈夫玉砕甎(せんぜん)を恥ず。
一家の遺事人知るや否や。児孫の為に美田を買わず」
(人の志というものは幾度も幾度もつらいことや苦しいめに遭って後はじめて固く定まるものである。
真の男子たる者は玉となって砕けることを本懐とし、志をまげて瓦となっていたずらに生き長らえることを恥とする。
それについて自分がわが家に残しおくべき訓(おしえ)としていることがあるが、世間の人はそれを知っているであろうか。
それは子孫のために良い田を買わない、すなわち財産をのこさないということだ。)
という七言絶句の漢詩を示されて、もしこの言葉に違うようなことがあったら、西郷は言うことと実行することと反していると言って見限りたまえと言われた。
人材を採用するにあたって、君子(徳行の備わった人)と小人(人格の低いつまらない人)との区別をきびしくし過ぎるときは、かえってわざわいを引起すものである。
その理由は天地がはじまって以来、世の中で十人のうち七、八人までは小人であるから、よくこのような小人の心情を思いはかってその長所をとり、これを下役に用い、その才能や技芸を十分発揮させるのがよい。
藤田東湖先生はこう申されている。
「小人は才能と技芸があって用いるに便利なものであるからぜひ用いて仕事をさせなければならないものである。
だからといって、これを上役にすえ、重要な職務につかせると、必ず国をくつがえすような事になりかねないから、決して上に立ててはならないものだ。」と。
どんな大きい事でもまたどんな小さい事でも、いつも正しい道をふみ、真心をつくし、決していつわりのはかりごとを用いてはならない。
人は多くの場合、ある事にさしつかえができると何か計略を使って一度そのさしつかえをおし通せば、あとは時に応じて何とかいいくふうができるかのように思うが、計略したための心配事がきっと出てきて、その事は必ず失敗するにきまっている。
正しい道をふんで行うことは目の前では回り道をしているようであるが、先に行けばかえって成功は早いものである。
広く諸外国の制度を取り入れ、文明開化をめざして進もうと思うならば、まずわが国の本体をよくわきまえ、風俗教化の作興につとめ、そして後、次第に外国の長所をとり入れるべきである。
そうでなくて、ただみだりに外国に追随し、これを見ならうならば、国体は衰え、風俗教化はすたれて救いがたい有様になるであろう。
そしてついには外国に制せられ国を危うくすることになるであろう。
忠孝(天皇や国によくつかえ、親を大事にして子としての義務をつくすこと)仁愛(他人に対してめぐみいつくしむこと)教化(教え導いて善に進ませること)という三つの道徳は、まつりごとの基本で、未来永遠に、また世界のどこにおいてもかえてはならない大事な道である。
道というものは天地自然のもので、たとえ西洋であっても決して区別はないのである。
人間の知恵を聞きおこすというのは愛国の心、忠孝の心を開くことである。
国のため尽し、家のため勤めるという人としての道が明らかであるならば、すべて事業はそれにつれて進歩するであろう。
あるいは世の中には耳で聞いたり目で見たりする分野を開発しようとして電信をかけ、鉄道を敷き、蒸気仕掛の機械を造って、人の目や耳をおどろかすようなことをするけれども、どういうわけで電信、鉄道がなくてはならないか、また人間生活に欠くことのできないものであるかということに目を注がないで、みだりに外国の盛大なことをうらやみ、利害得失を論議することなく、家の造り構えから玩具類に至るまで一々外国のまねをし、身分不相応にぜいたくな風潮をあおって財産をむだづかいするならば、国の力は衰え、人の心は浅はかで軽々しくなり、結局日本は破産するよりほかないであろう。
文明というのは道理にかなったことが広く行われることをたたえていう言葉であって、宮殿が大きくおごそかであったり、身にまとう着物がきらびやかであったり、見かけが華やかでうわついていたりすることをいうのではない。
世の中の人のいうところを聞いていると、何が文明なのか、何が野蛮 (やばん、文化の開けないこと)なのか少しもわからない。
自分はかつてある人と議論したことがある。
自分が西洋はやばんだと言ったところ、その人はいや西洋は文明だと言い争う。
いや、やばんだとたたみかけて言ったところ、なぜそれほどまでにやばんだと申されるのかと力をこめていうので、もし西洋がほんとうに文明であったら、未開国に対してはいつくしみ愛する心をもととして懇々と説きさとし、もっと文明開化へと導くべきであるのに、そうではなく、未開で知識に乏しく道理に暗い国に対するほどむごく残忍なことをして自分たちの利益のみをはかるのは明らかにやばんであると申したところ、その人もさすがに口をつぐんで返答できなかったよと笑って話された。
西洋の刑法はもっぱらいましめこらすことを根本の精神として、むごいあつかいを避け、人を善良に導くことに心を注ぐことが深い。
だから獄にとらわれている罪人であっても穏便にとりあつかい、いましめの手本となるような書籍を与え、事がらによっては親族や友人の面会も許すということだ。
もともと昔の聖人が刑罰というものを設けられたのも、忠孝、仁愛の心から世に頼りのない身の上の人をあわれみ、そういう人が罪におちいるのを心配された心は深いが、実際の場で今の西洋のように手がとどいていたかどうか書物にかいてあるのを見あたらない。
西洋のこのような点はまことに文明だとつくづく感ずることである。
税金を少なくして国民生活をゆたかにすることこそ国力を養うことになる。
だから国にいろいろ事がらが多く、財政の不足で苦しむようなことがあっても税金の定まった制度をしっかり守り、上層階級の人たちをいためつけたり下層階級の人たちを、しいたげたりしてはならない。
昔からの歴史をよく考えてみるがよい。
道理の明らかに行われない世の中にあって、財政の不足で苦しむときは、必ず片寄ったこざかしい考えの小役人を用いて悪どい手段で税金をとりたて、一時の不足をのがれることを財政に長じたりっぱな官吏とほめそやす。
そういう小役人は手段を選ばず、むごく国民を虐待するから人々は苦しみに堪えかねて税の不当な取りたてからのがれようと、自然にうそいつわりを申し立て、また人間がわるがしこくなって上層下層の者がお互いにだましあい、官吏と一般国民が敵対して、しまいには国が分裂崩壊するようになっているではないか。
国の会計出納(金の出し入れ)の仕事はすべての制度の基本であって、あらゆる事業はこれによって成り立ち、国を治める上でもっともかなめになることであるから、慎重にしなければならない。
そのおおよその方法を申し述べるならば、収入をはかって支出をおさえるという以外に手段はない。
一年の収入をもってすべての事業の制限を定めるものであって、会計を管理する者が、一身をかけて定まりを守り、定められた予算を超過させてはならない。
そうでなくして時の勢いにまかせ、制限を緩慢にし、支出を優先して考え、それにあわせて収入をはかるようなことをすれば、結局国民に重税を課するほか方法はなくなるであろう。
もしそうなれば、たとえ事業は一時的に進むように見えても国力が衰え傾いて、ついには救い難いことになるであろう。
常備する兵数すなわち国防の戦力ということであっても、また会計の制限の中で処理すべきで、決して軍備を拡張して、からいばりしてはならない。
兵士の気力を奮い立たせてすぐれた軍隊をつくりあげるならば、たとえ兵の数は少くても外国との折衝にあたっても、また、あなどりを防ぐにも事欠くことはないであろう。
節義(かたい道義、みさお)廉恥(潔白で恥を知ること)の心を失うようなことがあれば国家を維持することは決してできない。
それは西洋各国であってもみな同じである。
上に立つ者が下に対して自分の利益のみを争い求め、正しい道を忘れるとき、下の者もまたこれにならうようになって人は皆財欲に奔走し、卑しくけちな心が日に日に増長し、節義廉恥のみさおを失うようになり、親子兄弟の間も財産を争い互いに敵視するに至るのである。
このようになったら何をもって国を維持することができようか。
徳川氏は将兵の勇猛な心をおさえて世の中を治めたが、今は昔の戦国時代の勇将よりもなお一層勇猛心を奮いおこさなければ世界のあらゆる国々と相対することはできないであろう。
独仏戦争のとき、フランスが三十万の兵と三カ月の食糧があったにもかかわらず降伏したのは、余り金銭財利のそろばん勘定にくわしかったがためであるといって笑われた。
正しい道をふみ、国を賭して倒れてもやるという精神がないと外国との交際はこれを全うすることはできない。
外国の強大なことに恐れ、ちぢこまり、ただ円滑にことを納めることを主眼にして自国の真意を曲げてまで外国のいうままに従うことは、あなどりを受け、親しい交わりがかえって破れ、しまいには外国に制圧されるに至るであろう。
話が国のことに及んだとき、たいへん嘆いて言われるには、国が外国からはずかしめを受けるようなことがあったら、たとえ国全体でかかってたおれようとも正しい道をふんで道義をつくすのは政府のつとめである。
しかるにかねて金銭や穀物や財政のことを議論するのを聞いていると、何という英雄豪傑かと思われるようであるが、血の出ることに臨むと頭を一ところに集め、ただ目の前の気休めだけをはかるばかりである。
戦の一字を恐れ政府本来の任務をおとすようなことがあったら商法支配所、すなわち商いのもとじめというようなもので、一国の政府ではないというべきである。
昔から主君と臣下が共に自分は完全だと思って政治を行うような世にうまく治まった時代はない。
自分は完全な人間ではないと考えるところからはじめて下々の言うことも聞き入れるものである。
自分が完全だと思っているとき、人が自分の欠点を言いたてると、すぐ怒るから、賢人や君子というようなりっぱな人はおごりたかぶっている者に対しては決してこれを補佐しないのである。
どんなに制度や方法を論議してもそれを説く人がりっぱな人でなければ、うまく行われないだろう。
りっぱな人があってはじめて色々な方法は行われるものだから、人こそ第一の宝であって、自分がそういうりっぱな人物になるよう心がけるのが何より大事なことである。
道というものは、この天地のおのずからなる道理であるから、学問を究めるには敬天愛人を目的とし、自分の修養には己れに克つということをいつも心がけねばならない。
(天は神と解してもいいが、当時の学者今藤宏はこれを道理と説いている。
すなわち、道理をつつしみ守るのが敬天である。
また人は皆自分の同胞であり、仁の心をもって衆を愛するのが愛人である。)
己れに克(か)つということの真の目標は論語にある「意なし、必なし、固なし、我なし」
(当て推量をしない。無理押しをしない。固執しない。我を通さない。)ということだ。
すべて人間は己れに克つことによって成功し、己れを愛することによって失敗するものだ。
よく昔から歴史上の人物をみるがよい。
事業をはじめる人が、その事業の七、八割まではたいていよくできるが、残りの二、三割を終りまで成しとげる人の少いのは、はじめはよく己れをつつしんで事を慎重にするから成功もし、名も現われてくる。
ところが、成功して有名になるに従っていつのまにか自分を愛する心がおこり、畏れつつしむという精神がゆるんで、おごりたかぶる気分が多くなり、そのなし得た仕事をたのんで何でもできるという過信のもとにまずい仕事をするようになり、ついに失敗するものである。
これらはすべて自分が招いた結果である。
だから、常に自分にうち克って、人が見ていないときも聞いていないときも自分をつつしみいましめることが大事なことだ。
己れにうち克つにすべての事を、その時その場のいわゆる場あたりに克(か)とうとするから、なかなかうまくいかぬのである。
かねて精神を奮いおこして自分に克つ修行をしていなくてはいけない。
(1)学問に志す者はその理想を大きくしなければならない。
しかし、ただそのことのみに片寄ってしまうと身を修めることがおろそかになってゆくから、常に自分にうち克って修養することが大事である。
理想を大きくして自分にうち克つことに努めよ。
男というものは、人を自分の心のうちにすっぽり呑みこんでしまうくらいの度量が必要で、人からのまれてしまってはだめであると思えよと言われて、昔の人の訓を書いて与えられた。
(2)『物事を成そうとする意気をおし広めようとする者にとって、もっとも憂えるべきことは自己のことをのみ図り、けちで低俗な生活に安んじ、昔の人を手本となして、自分からそうなろうと修業をしようとしないことだ』古人を期するというのはどういうことですかとたずねたところ、尭舜(共に古代中国の偉大な帝王)をもって手本とし、孔子を教師として勉強せよと教えられた。
道というのはこの天地のおのずからなるものであり、人はこれにのっとって行うべきものであるから何よりもまず、天を敬うことを目的とすべきである。
天は他人も自分も平等に愛したもうから、自分を愛する心をもって人を愛することが肝要である。
人を相手にしないで常に天を相手にするよう心がけよ。
天を相手にして自分の誠をつくし、決して人の非をとがめるようなことをせず、自分の真心の足らないことを反省せよ。
自分を愛すること、即ち自分さえよければ人はどうでもいいというような心はもっともよくないことである。
修業のできないのも、事業の成功しないのも過ちを改めることのできないのも自分の功績を誇りたかぶるのも皆、自分を愛することから生ずることで、決してそういう利己的なことをしてはならない。
過ちを改めるにあたっては、自分からあやまったとさえ思いついたら、それでよい。
そのことをさっぱり思いすてて、すぐ一歩前進することだ。
過去のあやまちを悔しく思い、あれこれと取りつくろおうと心配するのは、たとえば茶わんを割ってそのかけらを集めてみるのも同様で何の役にも立たぬことである。
道を行うことに身分の尊いとか卑しいとかの区別はなく、誰でも行わねばならないことだ。
要するに昔、中国の尭舜は国王として国のまつりごとをとっていたが、もともとその職業は教師であった。
孔子先生は魯の国をはじめどこの国にも用いられず何度も困難な苦しいめにあわれ、身分の低いままに一生を終えられたが、三千人といわれるその子弟は皆その教に従って道を行ったのである。
道を行う者はどうしても困難な苦しいことに会うものだから、どんなむずかしい場面に立っても、その事が成功するか失敗するかということや、自分が生きるか死ぬかというようなことに少しもこだわってはならない。
事をなすには上手下手があり、物によってはよくできる人やよくできない人もあるので、自然と道を行うことに疑いをもって動揺する人もあろうが、人は道を行わねばならぬものだから、道をふむという点では上手下手もなく、できない人もない。
だから一生懸命道を行い道を楽しみ、もし困難なことにあってこれを乗り切ろうと思うならば、いよいよ道を行い道を楽しむような境地にならなければならぬ。
自分は若い時代から困難という困難にあって来たので今はどんな事に出会っても心が動揺するようなことはないだろう。
それだけは実にしあわせだ。
命もいらぬ、名もいらぬ、官位もいらぬ、金もいらぬというような人は処理に困るものである。
このような手に負えない大馬鹿者でなければ困難をいっしょにわかちあい、国家の大きな仕事を大成することはできない。
しかしながら、このような人は一般の人の眼では見ぬくことができぬと言われるので、それでは孟子(古い中国の書)の中にあるように
「天下の広居に居り、天下の正位に立ち、天下の大道を行う。志を得れば民と之に由り、志を得ざれば独り其道を行う。富貴も淫すること能わず、貧賎も移すこと能わず、威武も屈すること能わず」
(註:人は天下の広々としたところにおり、天下の正しい位置に立って天下の正しい道を行うものだ。もし、志を得て上げ用いられたら一般国民と共にその道を行い、もし志を得ないで用いられないときは、独りで道を行えばよい。そういう人はどんな富や身分もこれをけがすことはできないし、貧しくいやしいこともこれによって心のくじけることはない。
また威武(勢力の強いこと)をもって、これを屈服させようとしても決してそれはできない。)
と言ってあるのは今、仰せられたような人物(真の男子)のことですかとたずねたら、いかにもそのとおりで、真に道を行う人でなければそのような精神は得難いことだと答えられた。
正しい道義をふんで生きてゆく者は、国中の人が寄ってたかってそしるようなことがあっても決して不満を言わず、また、国中の人がこぞってほめても決して自分に満足しないのは自分を深く信じているからである。
そのような人物になる方法は韓文公(韓退之、唐の文章家)の伯夷の頌(伯夷、叔斉兄弟の節を守って餓死した文の一章)をよく読んでしっかり身につけるべきである。
正しい道義をふみおこなおうとする者は大きな事業を尊ばないのがよい。
司馬温公(中国北宋の学者)は寝室の中で妻とひそかに語ったことも他人に対して言えないようなことはないと言われた。
独りをつつしむということの真意はいかなるものであるか、これによってもわかるであろう。
人をあっと言わせるようなことをして、その時だけいい気分にひたるのはまだまだ修業のできていない人のすることで、十分反省するがいい。
かねて道義をふみ行わない人は、ある事がらに出会うと、あわてふためき、どうしてよいかわからぬものである。
たとえば、近所に火事があった場合、かねてそういう時の心構えのできている人は少しも心を動揺させることなく、てきぱきとこれに対処することができる。
しかし、かねてそういう心構えのできていない人は、ただあわてふためき、とてもこれに対処するどころの騒ぎではない。
それと同じことで、かねて道義をふみ行っている人でなければ、ある事がらに出会ったとき、りっぱな対策はできない。
自分が先年戦いに出たある日のこと、兵士に向って自分たちの防備が十分であるかどうか、ただ味方の目ばかりで見ないで、敵の心になってひとつ突いて見よ、それこそ第一の防備であると説いて聞かせたと言われた。
はかりごと(かけひき)はかねては用いない方がよい。
はかりごとをもってやったことはその結果を見ればよくないことがはっきりしていて、必ず後悔するものである。
ただ戦争の場合だけは、はかりごとがなければいけない。
しかし、かねてはかりごとをやっていると、いざ戦いということになった時、うまいはかりごとは決してできるものではない。
諸葛孔明(中国三国時代、蜀漢の丞相、誠忠無私の人)はかねて計略をしなかったからいざという時、あのように思いもよらないはかりごとを行うことができたのだ。
自分はかつて東京を引揚げたとき、弟(従道)に向かって「自分はこれまで少しもはかりごとをやったことがないので、ここを引揚げた後も、跡は少しも濁ることはあるまい。
それだけはよく見ておけ」とはっきり言っておいたということだ。
人をごまかして、かげでこそこそ事を企てる者は、たとえその事ができあがろうとも、物事をよく見抜くことのできる人がこれを見れば、みにくいことこの上もない。
人に対しては常に公平で真心をもって接するのがよい。
公平でなければすぐれた人の心をつかむことはできないものだ。
聖人賢士(知徳のすぐれた人、賢明な人)になろうとする志がなく、昔の人の行われた史実をみて、自分などとうてい企て及ぶことはできないというような心であったら、戦いに臨んで逃げるよりなお卑怯なことだ。
朱子(昔の中国南宋の学者)は刀のぬき身を見て逃げる者はどうしようもないと言われた。
真心をもって聖人賢士の書を読み、その一生をかけて行い通された精神を、心身に体験するような修業をしないで、ただこのような言葉を言われ、このような事業をされたということを知るばかりでは何の役にも立たぬ。
自分は今、人の言うことを聞くに、何程もっともらしく議論しようとも、その行いに精神が行き渡らず、ただ口先だけのことであったら少しも感心しない。
ほんとうにその行いのできた人を見れば、実にりっぱだと感じいるのである。
聖人賢士の書をただうわべだけ読むのであったら、ちょうど他人の剣術をそばから見るのと同じで、少しも自分に納得の行くはずがない。
自分に納得ができなければ、万一試合をしようと人から言われたとき、逃げるよりほかないであろう。
この世の中でいついつまでも信じ仰がれ、喜んで服従できるのはただひとつ人間の真心だけである。
昔から父の敵(かたき)を討った人は数えきれないほどたくさんあるが、その中でひとり曽我兄弟だけが、今の世に至るまで女子子供でも知らない人のないくらい有名なのは、多くの人にぬきんでて真心が深いからである。
真心がなくて世の中の人からほめられるのは偶然の幸運に過ぎない。
真心が深いと、たとえその当時、知る人がなくても後の世に必ず心の友ができるものである。
世の中の人の言う機会とは、多くは、まぐれあたりに、たまたま得たしあわせのことをさしている。しかし、ほんとうの機会というのは道理をつくして行い、時の勢いをよく見きわめて動くという場合のことだ。
かねて国や世の中のことを憂える真心が厚くなくて、ただ時のはずみにのって成功した事業は決して長つづきしないものである。
今の世の中の人は、才能や知識だけあればどんな事業でも心のままにできるように思っているが、才にまかせてすることはあぶなっかしくて見てはおられないくらいだ。
しっかりした内容があってこそ物事はりっぱに行われるものだ。
肥後の長岡先生のようなりっぱな人物は今は似た人もみることはできぬようになったといって嘆かれ、昔の言葉を書いて与えられた。
世の中のことは真心がない限り動かすことはできない。
才識(才能と識見)がない限り治めることはできない。
真心に撤するとその動きも速い。
才識があまねくゆきわたっていると、その治めるところも広い。
才識と真心といっしょになった時、すべてのことはりっぱにできあがるであろう。
翁に従って犬を走らせ兎を追い、山や谷を渡り歩いて終日狩り暮らした夕ぐれに、いなかの家に宿られ、風呂に入って身も心もきわめて爽快にうかがわれるとき、ゆったりとして言われるには「君子の心はいつもこのようにさわやかなものであろうと思う」と。
自分の行いを修め、心を正して君子の形をそなえても事にあたってその処理のできない人は、ちょうど木で作った人形も同じことである。
たとえば数十人のお客が俄かにおしかけて来た場合、どんなにもてなそうと思っても、かねて器物や道具の準備ができていなければ、ただおろおろと心配するだけで、接待のしようもないであろう。
いつも道具の準備があれば、たとえ何人であろうとも、数に応じて接待することができるのである。
だから、かねての用意こそ何よりも大事なことであると古語を書いて下さった。
学問というものはただ文筆の業のことをいうのではない。
必ず事に当ってこれをさばくことのできる才能のあることである。
武道というものは剣や楯をうまく使いこなすことをいうのではない。
必ず敵を知ってこれに処する知恵のあることである。
才能と知恵のあるところはただ一つである。
(追加)
ある事がらにあたって考えの乏しいことを心配することはない。
およそ物事に対する考えというものは、かねて無言のまま座っている時、心をしずめている時にすべきことである。
そうすれば、何か事ある時には十のうち八、九はやりとげることができるものである。
一つの事がらに出会ってその場で軽はずみにいろいろ考えるということは、たとえば寝床で夢をみている間にすぐれた方法や考えを得ることができたように思うが、あくる朝目覚めて起床するときには、役に立たない、正しくない想いに終ってしまうようなことが多いものだ。
漢学を勉強したものはますます中国の古典について道義を学ぶのがよい。
道義は天地のおのずからなるもので東洋、西洋の区別なくどこでも同じである。
もし、現在の世界各国が対立している様子を知ろうと思うならば、春秋左氏伝(中国の古い史書)をよく読み、さらに補助として孫子(中国の兵書)を読むがよい。
今の世の中の様子とはほとんど大きな違いはないであろう。